ベンチャー経営者の妻になりました

トライリンガルの奥様と会社経営者の夫との波乱万丈夫婦物語

埋めようとするほど埋まらないよ価値観なんて

私と夫はよく、ケンカします。
しかも一旦始まると超激しい笑



周囲からの反応は、



大丈夫???(心配)


から



え?また?
とか言っちゃって~いつものあれでしょ~?
大丈夫だよ~(苦笑)



へ変化しているこの頃笑




「いつものあれ」じゃないんですよ!!
毎回毎回本当に本当に、真剣に別れようって考えてます笑




ちなみにケンカしていない時は、
きっと傍から見てもラブラブです(n*´ω`*n)w



では、はてさてなぁんでこんなにケンカするのかというと、

①価値観がとんでもなく違う
②お互い頑固
③相手がお子ちゃま過ぎるw


なんですけど、
今日は①の「価値観がとんでもなく違う」について
ちょっとシェアできたらなと思います。



《価値観》って、
千差万別、百人百様、多種多様で、人それぞれ。



なので、価値観ぴったり!なんて人は存在しえないんです。




だって、価値観って「1個」じゃないんです。




《価値観》って聞くと、
1つのかたまりというか、
ほわほわした形のない1つのまとまり、

もしくは

色んな好みが総合されたその人の考えや信条
というイメージがありません??



でも、《価値観》って、
実はもっとずっと細かくて。
全然かたまりじゃないんです!!




例えば、

Aさん(男性)は、
 ・週末は一週間頑張ったご褒美に、
  外で美味しいご飯を食べたい。
 
 ・テレビを見る時間はもったいない。
  もっと有意義に時間を使うべき。
 
 ・整理整頓されたきれいな部屋が好き。
  物も少ない方がいい。

 ・自分で稼いだお金は自分のもの。
  お小遣い制なんてありえない。
 
 ・子供はいつか欲しい。でも今すぐではない。
 ・・・・etc
 


Bさん(女性)は、
 ・週末は、一週間頑張ったご褒美に、
  お家でゴロゴロ、お家ご飯がいい。

 ・テレビ大好き。見てなくてもとりあえず
  付けておく。楽しい時間。

 ・多少雑然としてても平気。
  小物が好き、いつか使う物があちこちに。

 ・結婚したらお金は二人のもの。
  二人で合わせて貯金していきたい。

 ・子供は欲しい。年齢のこともあるし、
  今すぐでも出来たら欲しい。
  ・・・etc



などなど。
小さなことから大きなことまで。


外見や、生活習慣、考え方から着るものまで。
日常のありとあらゆることが、
その人の《価値観》で決められ、行われてるんです。



全部ぴったりなんて、ありえないでしょ?
同じ環境で育っている兄弟だって、
全く違う《価値観》を持つのに。




夫婦は、お互いの持つ、様々な価値観の
いくつかが、似ているから一緒にいて
幸せと感じ、ずっと一緒にいたいなと
思うから結婚するわけで。(基本的には)



でも、一緒に生活していくと、否が応にも
相手との違いが浮き彫りになってきて、
受け入れられると思っていたお互いの違いが、
受け入れられない、
理解できない、
ことがあることに気付くと思います。



そこで、自分の《価値観》を基準に
相手に話をするから、
相手も相手の《価値観》で、
受け入れられないと反発するわけです。



でも、往々にして、ケンカに発展するのは、
《価値観》自体に対してよりも、相手の
「言い方」にカチンときた時だったりします笑



まぁ、それは置いといて。
両者の《価値観》は基本的に交わらないです。
何度‟話し合い”を行おうが、ずっと平行線です。



なぜなら、二人とも自分の《価値観》が普通で、
それこそが常識で、正しいと思っているから。
その常識に反している、相手が理解できない笑



‟話し合い”は、必要ですが、
‟話し合い”だけを重ねていても、問題は解決しません。
ずーーーーーと平行線のまま。
最悪、
「もう疲れた。結婚なんてしなきゃよかった」
って話になりかねません。



それに、‟話し合い”してくれるパートナーなら
まだいいですが、最近の人たちは、
<向き合う>ことから逃げたがりますからね・・・。

 

良いパートナーシップを築きたいのは、やまやまだけど、
なかなか難しい部分でもありますよね。



でも、どんな未来を一緒に築いていきたいか、
を共有することは大事だと思います。



例えば、
おじいちゃんおばぁちゃんになるまで、
仲良くいたいねって思ってるのに、
自分の《価値観》を主張してばっかりで、
相手の《価値観》を認めてあげようとしなければ、
そんな未来はやってきませんからね。



譲れない《価値観》なんて、実はすごく少なかったりします。
二人でいることを選んだのなら、
相手の《価値観》に近づく、認めてみる(全部じゃなくて)、
努力は必要だと思います。
もちろん、相手にも求めて良いんですよ。



それこそが‟思いやり”‟歩み寄り”って
もんじゃ~ないでしょうか。





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